MILAN TUCOVĆ

ミラン・トゥーツォヴィッチ  Milan Tucović
MILAN TUCOVĆ
展示
2013. 10. 5 – 10. 14

ポジェガ。町の中心には円い広場があって、いかにも田舎町らしいたたずまいだ。広場のまわりには市役所、党委員会、図書館、青空市場への入口、郵便局、そして店がいくつか。それと向かい合うように小さな理髪店「ミチンとムシツァ」がある。二人の理髪師と客たちは毎日、町の出来事を追い、町の記録を作り出す。ストーブからはオレンジの皮の焦げる香り。彼らは広場を眺め、覚えておく値打ちのある賢明な言葉で批評しあう。新顔の客は、新しいお話。しかめっ面をした市役所の役人が散髪の間、ずっと黙りこくっているのも、お話しになる。散髪は行為ではなく、目的を超えた儀式なのだ。  壁には写真がかかり、小さな町を大きな世界へと広げる。ジェリコーの「エプソムの競馬」、小さなドガ、レッド・スター、ドラガ王妃。古ぼけたラジオからはツァレバッツの演奏やシルバナとトーマの演歌が流れて…。  
 ポジェガの理髪店はもうない。ほかの多くのものと同じように、姿を消した。なぜそんなことが起こるのか、僕はもうとっくに考えるのをやめた。ぼくの頭には大きすぎる世界。そんな時、東京は銀座奥野ビル306号室の美容室の話を聞いた。美容室はだいぶ前になくなったが、まだあるのだ。今はギャラリー*となって、須田さんの思い出と、東京の女性たちがここで美しくなった、数十年の記憶を、注意深くまもっている。  
 なにか僕には知ることのできない法則にしたがって、今、少年時代の理髪店をたずさえ、二人の理髪師と一緒に、須田さんを訪ねていく。ギャラリーには再び、理容ばさみや剃刀、ヘアカーラー、櫛、髪ごて、バリカンなどが並べられ、ツァレバッツやシルバナやトーマのメロディーが流れるだろう。ただ、この新しい、タイムスリップした美容室を訪れる客は、彼らが散髪した客ではない。それは、その訪れが僕の人生を幸せにしてくれる客。さあ、ここには君の顔を映し出す鏡もある。僕の知らない顔だけど、君はきっと、今はないこの店に新しいお話をもってきたのだ。

トゥーツォヴィッチ 

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